第7回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会(浅草)のシンポジウム
「大衆化したヘルスケア・デバイスによる地域・医療現場の混乱を防ぐための
プラットフォーム作りを目指して」に関する報告

 

ヘルスケア人材育成協会 北村善明

 
 2016年6月10日から12日に浅草で開催された第7回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会にて、以下のシンポジウム7が開催されましたので報告致します。
 



 最初に司会の古屋 聡先生(山梨市立牧丘病院)から、体温計や血圧計を例に、医療現場のデバイスの変遷や最近のヘルスケアデータへの接し方をもとに、本シンポジウムの意義と目的を簡単に紹介いただきました。
 
 さらにそれを受けて、最初の演者である小林 只先生(弘前大学医学部附属病院 総合診療部)から、医療機器(患者を治療するための機器)はテクノロジーの発展によりヘルスケア・デバイス(予防や健康管理のための機器)として社会に拡散していく中、利便性の拡大だけでなく、新しい地域の混乱と社会の不安がもたらされつつあることが端的に示されました。今やコンビニやドラッグストアで各種血液データを調べることは一般的になりつつあります。しかし、個別化されていく各種の医療機器(心電図、呼吸機能検査、骨密度、脳波、超音波検査機器など)や人工知能による病気の自動診断などの結果(ヘルスケア・データ)に対する不安を持って医療機関を受診する患者が急増することは、血圧計、体温計、頭部CTなどに対する患者の不安創出という歴史が証明しており、この課題を地域でどのように扱うかを、医療者が中心となって積極的に活動していく必要がある、との指摘がありました。
 
 次の演者は、原正彦先生(大阪大学医学部附属病院 未来医療開発部)です。普及するヘルスケア・デバイスから出力される大量のデータの適切な収集方法と解析方法に関して明快に説明されていました。そもそも、いままでのヘルスケア・デバイスは精度を意識していないものが多く、医療や地域の現場で活用できないデータが多いのは、そもそものデータ収集の明確なアウトカム(目的)を設定していないからであり、数を集めて人工知能で解析すれば解決できるという誤解、また、いままでも様々なヘルスケアビックデータが収集されていますが、そこから有益な情報を引き出すことに成功していないのは、ヘルスケア・デバイスによる測定精度が意識されていないものが多いことが問題、ということをわかりやすく説明されていました。つまり、そもそもデータの取り方に問題があり、アウトカム(目的)がない精度を考慮していない(曖昧な)データは、いくら集めても役に立たないデータである、ということです。ただデータを取るのではなく、医療現場のニーズを拾い、精度とアウトカム(目的)を意識した医学統計学的な視点での仮説検証型のデータ収集を行う必要があり,それらを明確に意識しているのであれば、30例でも十分に有益なデータになるとのことでした。
 
 3人目の演者は、中野智記先生(社会医療法人ジャパンメディカルアライアンス東埼玉総合病院 在宅医療連携拠点「菜のはな」)でした。生活を中心とした住民活動のうちの医療・ヘルスケアの側面に対して、質の高いケアをトータルで提供することを目指す「幸手モデル」の中に、新しいヘルスケア・デバイスを持ち込んだ際に予想される「化学反応」に関して講演されました。その中、医療や介護の相談窓口である「暮らしの保健室」において、最近販売が開始した低価格の携帯型超音波診断装置であるポケットエコー「miruco」を使った地域における栄養評価を行う取り組みが紹介されました。また、医師だけでなく、看護師、ケアマネ、さらには事務局員の方も最初の演者である小林先生の研修を受け、誰もがポケットエコーを身近に感じているようです。実際に地域でうまく回り始めている、住民と医療者とヘルスケア・デバイスの正しい関係を垣間見たように思いました。1つ前の原先生の講演では、現場のニーズに合った精度の高い目的のあるデータ収集の必要性を述べられていたので、中野先生の講演は非常に合点がいくものでした。
 
 4人目の演者は、並木宏文先生(公益社団法人 地域医療振興協会 与那国町診療所)でした。並木先生の人柄なのか、講演自体は淡々と進んでいきます。日本最西端の小さな島(人口約1,700人、医師は並木先生のみ)において、まず医療者ではなく、地域の者、島民である、という意識を持ち、支え合いの気持ちをもって人も島も支えていきたい、という講演内容は、その場にいた聴衆の大多数の方々から共感を得ているように見て取れました。しかし、途中から講演内容はある意味、衝撃的な内容に変わっていきます。新たなヘルスケア・デバイスがもたらしている小さな島の大きな混乱(例えばヘルスケアデータを不安に思った、すべて島民が島にある唯一の医療機関である診療所に来院したとすると、1日200人以上!となる推計など)が示されました。それらのヘルスケア・デバイスは、勧誘されて持っているなど、住民自らが積極的に所持することを望んでいないものであったりするようです。また、いつのまにかポケットエコーを所有し夫の膀胱カテーテルの管理のために使用していた住民(妻)の話もありました。実際のところ、現時点では並木先生が個別に島民の間を回ることで、住民の不安をひとつひとつ解消されているが、いつまで対応しきれるか不安である、住民主導の各地域の実情に合った医療体制の構築が急務である、とのことでした。新しいヘルスケア・デバイスがもたらす陰影を考えさせられました。
 
 最後に私(北村善明)から、地域で多職種連携と協働を推し進める上で、ポケットエコーをはじめとするデバイスから出力されるヘルスケアデータを皆で共有し、活用することは今後の医療体制の中では必須であり、医療や看護のみならず介護や住民活動を含めた連携までも視野に入れた活動の展開を報告しました。また一方で、デバイスがあるだけでは不十分であり、有益なデバイスを使いこなすための研修制度(教育体制)の構築や地域での使われ方のルールやプラットフォーム構築の必要性があること、その第一弾として、多職種(主に看護師)対象ポケットエコーが地域で適切に使用されるための講習会(Pocket Echo Life Support:PELS教育コース ①膀胱)を2016年4月より開始している、と報告しました。
 
本シンポジウムの抄録は以下よりダウンロード可能です。
LinkIcon学会プログラム抄録
 
オーム社 デジタル事業・新企画推進室 須山大輔氏のシンポジウム参加記が以下より閲覧できます。
LinkIconシンポジウム参加記